2010年1月24日

金工の埋蔵物 「湯床吹き」と「鍛金」をめぐって03

  金工の埋蔵物 「湯床吹き」と「鍛金」をめぐって03

先輩でもあり、鍛金のスジミチやRAVEPORTEで一緒に活動していた関井一夫さんの学術論文を本人の許可のもとに連続掲載します。



1-2.鍛金と鍛造
美術館等での収蔵・展示作品表記を注意して見ると、鍛金の製造についての技法表記として「鍛造」と表されている事がある。「鍛造」というのは、一般的には鉄の塊を赤くなるまで加熱して、鎚で叩いて成形する、ロートアイアン(lout iron)と呼ばれる、いわゆる鍛冶屋の仕事である。表記されている物が、 実際に鍛造品であれぱよいのだが、平田宗幸の作品(「茄子水滴」等)や、石田英一の作品(「天平時代賤女像」等)といった、鉄の仕事ではない鍛金の名手の作品等(2)、明らかに鍛造品ではないものに「鍛造」と表記されている場合がある。これは「鍛・金」分野の製造技法であるから「鍛・造」としたのであろうが、 机上の分類ではなく、実際の技術を丁寧に分析してみると、そこに矛盾点が浮かび上がる。鍛冶屋の仕事を鍛造技法と呼び、 鍛金とする事はできるが、鍛金の技法を鍛造とは言い切れない。 何故なら「鍛金」とされる分野には、鍛冶屋の仕事以外の技法・技術があるからである。
ここで金属工芸分野の3技法、「鋳金」「鍛金」「彫金」の説明をする。

1 鋳金;型を用いて、熔融した金属を流し込み凝固させ造形する技法
2 鍛金;鎚と床を用いて、金属を打ち延ばし、または打ち縮め造形する技法
3 彫金;塹を用いて、金属を彫る、もしくは打ち出し造形する技法

そして今日の鍛金は、「その技術を使って、用途のある工芸品から、大きな造形物まで幅広い造形をするもの」という事が通説で ある。 鎚と床を用いて金属を打ち延ばし、または打ち縮め造形する技法で作られたものを、「鍛造」もしくは「包括的に鍛金」と した場合に、英語圏でのこの種の技法であるforgingとraisingは、どのように和訳するのだろうか。forgingは「鍛造」と和訳され、raisingは「絞り」と和訳されるだろうか。
一般的に「鍛金」はhammeringとされている(3)。 実のところ、英語圏でもraisingは、hand raising・hammer raising・ham meringue・beating等様々な表現がある。表現は多用なのだが、実はみなひとつの技法を示している。ところが日本では raisingに相当する、金属板を叩いて加工する鍛金の技法・技術は、「絞り」「鎚起」「打出」「突き出し」「押し出し」「ならし」「変形絞り」等と、細く分化され名称が付されている。しかしながら「鍛造」のように、これらをまとめる技法名がない。そこで教育の現場では、「鍛造」と対する技法を「絞り」と呼ぶのである。ところがこの技法は、板材加工技法習得上の基礎技法ではあるが、板材の加工技術を総称する事はできないのである。つまり、「鍛・金」で造られたから「鍛・造」という文字面合わせでは、鍛金技法の本質を表記できないのであるが、さりとて「鍛造」と対となる合理的な名称がないのである。近頃「鍛造」という技法表記も消え、単に「鍛金」とだけ表記されつつあるのはその為であろうか。
共通認識を求める事は、学問の世界に限らず、我々を取り巻く社会においても同様である。共通の認識を持つ為に、言葉 (概念)が生まれ、事柄によっては、統一した比較基準を持つ数値として表される。同じ文化圏の中での共通認識もさる事ながら、異言語文化圏との交流は、互いの類似性と異質性を理解して明らかになる。我々はある意味、美術作品を通してそれらと向き合うのであるが、表現を支える技術にも、同様な役割があるように思えてならないのである。


(2)「茄子水滴」「天平時代賤女像」 東京芸大美術館蔵 他にジャン・デュナン(Jean・Dunand)「球形花瓶」hammering・鍛造、国立近代美術館蔵等もある。
(3)英語圏での技術名称の詳細は、日本とは分類方法が異なる為、ここでは述べない。