2010年2月12日

金工の埋蔵物 「湯床吹き」と「鍛金」をめぐって09

金工の埋蔵物 「湯床吹き」と「鍛金」をめぐって09

先輩でもあり、鍛金のスジミチやRAVEPORTEで一緒に活動していた関井一夫さんの学術論文を本人の許可のもとに連続掲載します。

出典:多摩美術大学研究紀要第20号 2005年掲載


1−8.焼きを入れる

少々物騒な言い方として、「焼きを入れてやる」という表現がある。赤く熱した鉄を水中に投入する時の、激しい熱放出の様や、そこから連想する家畜に熔印を付ける様子から、物騒な表現に転位した言い方であろうが、「焼き入れ」とは、鉄を急冷して硬度を高める、熱処理技術の事である。この「焼きを入 ゙ れる」事も、非鉄金属にはない、鉄の素材特性である。

炭素鋼を加熱して、変態点以上の高温での「オーステナイト組織」状態から急冷すると、「パーライト組織」とならずに、「マルテンサイト組織」という非常に硬質な組織に変移する。この特性を利用したのが、「焼き入れ」である.。単一結晶の銅等では、組織変態が起きないので、「焼き入れ」はできない。つまり銅は、急冷しても硬化しないのである。鋼の急冷状態でできたマルテンサイトは、非常に硬質であるが脆い組織である。その為、250°C程度に「低温焼き戻し」を行う事で、実用硬度を得る事ができる。

金属工芸の分野では、この焼き入れ・焼き戻し温度は、加熱された金属の色を見ながら判断する。先の再結晶温度の目安である、赤色から赤橙色になったあたりが、マルテンサイト状態であり、その状態を視認して、急冷するのである。また250°Cくらいの「低温焼き戻し」状態は、鉄がキツネ色に変化するあたりなので、酸化被膜を除去してから加熱し、その色を視認して終了するのである。 このように金属工芸の分野では、科学的な合理を五感の感覚で実践する事が多いが、これは伝承された経験則を、後から科学的な法則に照らし合わせることで理解できるのである。

以上1−6.から述べたように、鉄と銅は、金属物質として大きな違いがある。更に、ひとつの技術を特化して修練する職人技術は、高度に専門化しながらも、それ故に孤立した技術とも言える。「銅等の金属板材料を成形する技術(鍛金)」と「鉄塊材を成形する技術(鍛金)」が、職人という専門家技術であったなら、東京美術学校での「鍛金」は、2種類の異なる個別な技術として始まったのであろう。また主任教官を、絞り技術の専門家として授業を開始した以上、絞り技術に特化する傾向は、この時に始まり、鍛冶仕事のイメージとは、どこかで折り合いのつかぬまま、鍛金造形は進んだのである。