2010年2月5日

金工の埋蔵物 「湯床吹き」と「鍛金」をめぐって07

金工の埋蔵物 「湯床吹き」と「鍛金」をめぐって07

先輩でもあり、鍛金のスジミチやRAVEPORTEで一緒に活動していた関井一夫さんの学術論文を本人の許可のもとに連続掲載します。

出典:多摩美術大学研究紀要第20号 2005年掲載


1ー6.鉄と銅

モノを作るには、「何を(目的)・何で(素材)・どうやって(技術)」という3つの命題が重要であろう。「鍛冶物」と「打ち物」は違うと述べているが、決定的な違いは、同じ金属でも組成が異なる素材にこそある。少々難解だが、金属工学的に鉄と銅について記述しなければならない。
 金属物質を構成する原子の集合体である結晶は、複数の結晶格子に分類されており、銅等と鉄とでは結晶格子が全く異なる(図4)。銅等は、固体状態で可塑性に富む「面心立方晶」の単一結晶相であり、鉄は固体状態で「体心立方晶」と「面心立方晶」の2種類の結晶組織を持つ。この両者の違いは、同じ金属族ではあるが、全く別物と言ってよい。鉄は固体相状態における温度帯により、2つの性格を持つ二重人格なのである。
 固体金属を材料とする鍛金において、その成形加工上、最も問題となるのは、銅等と鉄の温度帯における「結晶格子の違い」である。
 金属工学上、鉄は複雑な金属である、鉄は「固体相状態における温度帯により、2つの結晶格子を持つ」と記したが、この結晶格子には、それぞれに、固有の組織名称が与えられている、100%純鉄の場合、体心立方晶の組織を「フェライト(ferit:e):(a-Fe)・面心立方晶の組織を「オーテスナイト(austenit:e):y-Fe」・熔融前の高温での体心立方晶組織を「デルタフェライト(δ-ferrite:δ-Fe)」と呼ぶ(図5)。
 更に、炭素鋼(鉄鋼)の場合のフェライトは、炭素の含有量により、「フェライト組織」から「パーライト(pearlite)組織」 に移行する。更に「パーライト組織」の温度帯でも、複雑な組織状態が存在する。鉄は炭素の含有量が増すごとに硬度は高まるが、同時に靭性(じんせい・粘り強さ)が失われる。


図4 代表的な金属結晶の単位格子(左:体心立方晶、右:面心立方晶)


純金属の平衡状態図(金・銀・銅のP-T図)    鉄のP-T図
図5 純金属の平衡状態図・鉄の平衡状態図(出典:西川精一「新版・金属工学入門Jp.35」

 鉄は我々の生活の中では大変身近な金属であり、実に多様な金属でもある。鉄・鋼(はがね)・ステンレス等があり、一般に鉄と呼んでいるものも、微量な炭素を含む炭素含有鉄(炭素鋼)つまり鋼で、我々のまわりの鉄と呼ばれるものは、殆どが多様な鉄合金である(7)。鉄を鍛えるという意味合いには、この炭素含有量が関係する。炭素量の多い銑鉄は脆いので高温で加熱しながら打つ事で、脱炭する事ができ、炭素量の少ない鉄は、 炭で高温に加熱し、浸炭する事ができる。炭素量の調節により、 適度な硬度と靭性をもつ鋼ができあがる。これが鍛冶屋の仕事の中で行われる、形を作る行為とは別な、金属そのものを打ち鍛える行為なのである。

註:(7) 鉄の金属工学上の定義は,「Fe-C系2元合金において、フェライトの炭素最大固溶量(0.002[mass%])からオーテスナイト炭素最大固溶(2.14[mass%])の範囲にある部位を鋼と呼び、炭素含有量0.002[mass%]以下を鉄、2.14[mass%]以上を鋳鉄(銑鉄)」である。




続く