2010年5月28日

金工の埋蔵物 「湯床吹き」と「鍛金」をめぐって22

金工の埋蔵物 「湯床吹き」と「鍛金」をめぐって22


先輩でもあり、鍛金のスジミチ やRAVEPORTEで一緒に活動していた関井一夫さんの学術論文を本人の許可のもとに連続掲載します。

出典:多摩美術大学研究紀要第20号 2005年掲載


3-9.感覚的伝承法

 この技術がどこで生まれ、どのように伝わったのか、現在のところは判らない。しかし「湯床」の存在が,奈良時代まで遡るのであれば、大陸から伝わった技術と考えてよいだろう。そうであるなら、異なる文化言語間で伝承される場合、身体を基準とする尺度で伝承する事が、最も正確であったのではなかろうか。

先の逸話のように、同じ言語圏でも常用する数値単位の勘違いで問題が生ずるのであれば、異なる言語同士では、誤認する可能性が更に高い。握り拳ひとつ分という表現は、人間の個体差はあるものの、その個体差と数値単位の誤差を比較するならば、実は合理的な伝承基準値とも言えるのである。

更に、木目金制作で最も重要な金属板同士の鍛接の際に金属が「汗をかいたようになるからよく見ておけ」と教えられた。 「自分の目で見て覚えろ」という伝え方は、職人の技術伝承と同じである。しかし、美術領域の人間には、その言葉の意味に、我々がデッサンをする時に最も基本とする、丁寧によく観察する事で、モノの本質をとらえるという、多角的な客観視が提示されている事を理解できるのであろう。この多角的な客観視点は、近代西洋科学的な視点でもある。

科学や分類、また学問という世界は、共通認識の為に共通概念としての数値化を行うが、科学という概念の存在しない時代では、その伝達上での誤りの回避を、身体感覚で伝えていたという事である。



続く