2010年5月13日

金工の埋蔵物 「湯床吹き」と「鍛金」をめぐって20

金工の埋蔵物 「湯床吹き」と「鍛金」をめぐって20

先輩でもあり、鍛金のスジミチやRAVEPORTEで一緒に活動していた関井一夫さんの学術論文を本人の許可のもとに連続掲載します。

出 典:多摩美術大学研究紀要第20号 2005年掲載

3-7.伝承の検証・水温について

 湯床吹き作業は、感覚を交えて伝承されてきた為か、表現に不明瞭なところが多い。例えば、水面から床までの高さ(水深)は「握り拳ひとつ分」、お湯の温度は「手を入れて我慢できるぎりぎりくらい」と伝えられた。 (16)

水深について三井氏の講義では、床までの水深を三寸としている。握り拳をどちらから測っても、確かにおおよそ3寸にはなる。しかし、この握り拳を数値として厳密にとらえようとすると、人の個体差の範囲での誤差が生じる。数値という絶対基準が優先するので、三寸は三寸一分ではなく、一分を誤差とするのである。お湯の温度も「手を入れて我慢できるぎりぎりくらい」と言われても個人差がある。そこで冒頭に述べた風呂が 関係する。人間が一般的に我慢できるお湯の温度を、入浴時の温度を基準にして45°Cとした。

これらの伝承の論証に際し、改めて以下の実験を行った。

実験材は、市販の銅および銀を「イ:銅75%・銀25%」の 色金、「ロ:銅100%」各300gとして、それぞれ異なる水温で凝固 させた。

湯床寸法は、直径120mm・高さ55mm・布から枠上まで 30mm、通常500g用としている湯床を使用。布も通常使用している帆布を用いた。冷却媒も通常の水道水である。イは30°C・48°C・60°C・80°C、ロは25°C・30°C・40°C・50 °C・60°C・80°C・90°Cの湯の温度で凝固させ、それぞれ断面観察した(図21-25)。

↑図21  銅75% ・銀25% ・断面の水温差による比較 左から30℃ ・48℃・60℃・80℃の断面。写真のように30℃と48℃の間で内部の巣の状態が明らかに異なる。
↑図22 銅100%:断面の水温差による比較
左から25℃・30℃・40℃・50℃・60℃・80℃・90℃の断面。図21ほどの歴然とした差はないものの、同様に40℃と50℃の間に差がみられる。

↑図23 銅・水温25℃の外観
↑図24 銅・水温50℃の外観

↑図25 銅・水温90℃の外観 表面外観比較から25℃・90℃は、他の温度帯とは異なる状態である。

ここから、お湯の温度の表現は、45°C程度以上から80°C程度以下とする事ができる。45°C以下では内部の状態が悪く、沸点に近くても好結果は得られない。

「手を入れて我慢できる?」「指を差し込んだ時?」という表現は、水温の最低温度を表すものと考える。上記の温度帯であれば、厳密には差異があるものの、打ち延べ加工としてはおおよそ可能な材料である。沸騰したお湯ではない、熱いお湯の定義付けとして、体感する温度で表現したのである。

註(16)伊藤氏は、お湯の温度について、後に「指を差し込んだ時、湯面と接する部分が熱く感じる程度」と紹介している(伊藤廣利『素材の云い分』)。