2010年6月24日

現実からの創作・富本憲吉「模様から模様をつくらず」01

鍛金家関井一夫さんの論文を連続掲載します


現実からの創作・富本憲吉「模様から模様をつくらず」01

関井一夫多摩美術大学工芸学科非常勤講師

出典:多摩美術大学文様研究室 [文様・デザイン・技術]2005 より

はじめに


「模様から模様をつくらず」、陶芸家・富本憲吉のあまりにも有名な言葉である。工芸家にとってこの言葉は、「既成の模様を写し、安易に模様を作ってはならない」という戒めとして、模様自体の美的価値を追い求める姿勢を促すものとされている。これは、模様というものが、伝統的とも言える永い年月の中で熟成し、完成に至っている美しいものだ、という前提に立っている。この不可侵の模様に対して、自ら新しき模様を創造するために自戒のように発せられた言葉として、創作の道に身を置く者に重く受けとめられるのである。
金属を扱う筆者が、陶芸家の富本憲吉について論考するのは、この文様共同研究報告のためである。「模様といえば富本憲吉」では、あまりにも安直かもしれないが、富本は、近代の工芸家の中でも特別な存在のように思われる。また、実のところ筆者にとって富本は、畑違いの無縁な陶芸家というわけでもなかった。かつて富本のもとに、若き日の内藤四郎、増田三男、田村耕一、藤本能道氏(*1)等といった面々が集い、教えを受けていた。この内藤、田村、藤本氏は、後に東京芸術大学の教授となり、さらに、増田氏を含め彼等は、富本同様、人間国宝に指定されてゆくことになる。筆者は、縁あって田村耕一先生、並びに増田三男先生というお二人の工芸家それぞれから、富本憲吉に関する数々の話を、個人的に伺っていたのである。ここでは、両氏からの逸話も参考にしながら、この言葉に潜伏している問題について論考をすすめる事とする。

*1内藤四郎(1907~1988)彫金家、東京美術学校金工科彫金部卒。人間国宝、東京藝術大学教授。
増田三男(1909~)彫金家、東京美術学校工芸科彫金部卒。人間国宝。
田村耕一(1918~1991)陶芸家、東京美術学校工芸科図案部卒。人間国宝、東京藝術大学教授。
藤本能道(1919~1992)陶芸家、東京美術学校工芸科図案部卒。人間国宝、東京藝術大学教授

続く


追記:増田三男氏 2009年9月8日に死去されました。